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学長コラムNo.17
わらび座

秋田には、劇団わらび座がある。1948年8月、原太郎により東京で創立された海つばめが根源であり、1953年に秋田県に拠点を移し「黄に紅に花は咲かねどわらびは根っ子を誇るもの」ということにちなんで、名称をあらため現在のわらび座となった。武家屋敷で有名な秋田県角館の近くに劇場を持ち、本格的なミュージカルを演じる劇団である。秋田出身の偉人や民族伝統文化を題材としたストーリーが多いが、ジブリ作品や手塚治虫作品をミュージカルに仕立てたものもある。所々ちょっとしたお茶目な演出もあり実に楽しい。

秋田に赴任ししばらくして初めてわらび劇場に足を運んだ。第一印象は、こんなに完成度の高い劇団が秋田にあるのかとびっくりしたことである。厳しい練習に裏打ちされた演技は、感動せざるをえなかった。他のミュージカル劇団に一歩も引けを取らない日本を代表する素晴らしい劇団である。それ以来、秋田に来た友人を必ずわらび座公演に連れて行った。皆さんの感想は私が感じたことと全く同じである。

そんなわらび座が先月東京公演を10日間行った。秋田にはなかなか行けないので、早速出かけた。場所は新宿である。公演作品は、「真昼の星めぐり」である。宮沢賢治の童話の世界・不思議の国、イーハトーブをベースに描かれた作品。イーハトーブとは、宮沢賢治が創り出した言葉で、彼の心の中の理想郷を表している。具体的には、彼の故郷である岩手県の自然を基にした夢の世界であり、彼の作品に多く描かれている。優等生の冴島あおいと本音を隠して生きる青木めぐみは、同じ高校に通う幼なじみ。ある日、二人の前におしゃべりで大きなドラネコが現れ、「イーハトーブにいらっしゃい!」と不思議なワンダーランドへいざなう。二人は「失ってしまった大切なもの」を探して旅をする。川底に生きるカニの兄弟、黙々と杉の世話をする青年、誰が偉いか裁判で争うどんぐり達、そして鹿や熊も登場し、イーハトーブに住む動物や人々の生きざまに触れながら、あおいとめぐみは、自分を見つめこれからどう生きていけば良いかを見つけ出すストーリーである。

舞台セットに描かれた絵は、障害者が描いたものをそのまま使っているが実に見事な作品ばかりであった。また我々観客にはサッカーボールぐらいの大きさのライトが内蔵されたボールが配られ、ストーリーに合わせて様々な光が発せられる。ボールを高く掲げても良いし、抱えても良い。さらには、俳優は舞台だけではなく観客の通路にどんどん入ってきて演技をする。目の前での演技は迫力があり、観客をイーハトーブの世界にいると錯覚させるように演出されている。ダンス、音楽は言うまでもなく一流である。出演者は約15人で一人二役、三役の人もいる。舞台のセットは演じ終わった俳優が速やかに配置換えし、無駄な時間は一つもない。見ていて気持ちが良いほど見事である。

かつてわらび座はコロナ禍で大打撃を受けた。俳優さんは個人契約ではなく、わらび座社員として雇用している。つまり固定費比率を下げることができずそのため業績が急激に悪化した。通常は、業績が悪くなれば、個人契約の俳優さんを解雇するのが普通である。しかしわらび座は必至に俳優を守った。そして現在は一歩一歩ではあるが業績が回復してきている。従って、俳優さん達はわらび座への愛着が凄く舞台作品にも現れている。

地域の伝統文化を守りながら、新たな地方文化を創っているわらび座は、秋田にとってはかけがいのない財産である。全国のメジャーな劇団になるのではなく、秋田に拠点を持ち続けわらび座ならではの特徴を研ぎ澄ましながら、しかし活動は全国、海外まで広げるつつある。これからも応援を続けたい。

「真昼の星めぐり」の舞台セット(撮影許可済み)