
学生との対話をキャンパスミーティングと称して年2回行っている。学生の困りごと、大学への要望等何でも気軽にテーマに挙げ、それについて私を含めた教職員と学生で話し合いを行っている。このキャンパスミーティングについては、別の機会で話をすることにする。学生と学長との対話は大変重要ではあるが、キャンパスミーティングのような年間スケジュールに組み込まれたもの以外は無かった。私としては、学生と学長の対話の機会をもっと持つべきと考え、キャンパスミーティングとは別に対話をすることにした。できれば分割してすべての学生が対話できるようにするのが理想であるが、まだ方法が分からないので、とりあえず学生自治会(サークル活動)の人たちと話をしてみた。
学長と話をする場合どうしても緊張してしまい、うまく話せなくなるというので、質問や話すテーマを学生が事前に決めそれをきっかけとして話をすることにした。まずは自己紹介や趣味など話しやすいことから話を始めた。時間はあっという間に過ぎまだ質問したいことがたくさんあるということで、紙に書いてもらった。その中に「学長の人生を変えた一冊(書籍)はありますか。」という質問があった。さて、これは困った。哲学や宗教的な本であればそのような回答ができるであろうが、私はそのような本はほとんど読んだことがない。そこで「私の好きな本」として回答した。たまたま、先日読売新聞の記者から「学長の一押しの本は何ですか。」と取材を受けたので、その時の話をまとめて回答した。
人は本を選ぶ時それぞれ好きな分野の中から選んだり、タイトルを見て選んだりしている。私は、論理的な思考の本が好きだ。そこで「企業ドメインの戦略論」(榊原清則著、中公新書)を挙げた。本の中では企業でのビジネスにおける戦略の立て方の事例をあげ、ドメイン(範囲)の設定の重要性を示している。つまり、何か戦略を考えるとき、思考の範囲を設定することが重要である。あまり狭すぎると思考を展開できず局所的な結論に陥る。また、広すぎると漠然としてしまいあいまいな結論になる。常に自分はどの範囲で考えるのか、見極めながら思考することが大事である。私は会社時代、このことを意識し仕事をしてきた。会社での仲間たちにもこの本を紹介した。システム思考を展開させるための重要なポイントだと理解している。でもこの本はかなり古い本(1974発行)なので、記者は読者が読みたくても手に入らないということで、ボツになった。そのほか「脳内革命: 脳から出るホルモンが生き方を変える」春山茂雄著、「動的平衡」福岡伸一著も面白かったが、急遽、小説に話を切り替えた。
小説で好きなのは武士の生活を描いた作品である。作家としては、藤沢周平、山本周五郎が好きである。そこには、人間としての人情、信念、生き方について描かれている。一冊の本として藤沢周平の「蟬しぐれ」を紹介した。長編小説で読み応えがある。主人公の牧文四郎の成長や、彼を慕う武家の娘小柳ふくとの淡い恋を描いた作品である。お互いに好意を持っているが武士の世界の事情に阻まれ思うようにはいかない。そこに様々な事件が発生する。ストーリー全体には、お互いの思いが一貫して続いていて実に淡い恋である。主人公は剣の達人で「秘剣村雨」が師範から伝授され、悪を倒すところは、実に爽快である。藤沢周平の「たそがれ清兵衛」「山桜」にも共通なものを感じる。ちなみに「山桜」を昔スナックに勤めていた人に紹介した。彼女は何か悩みを抱えていたようだが、この作品を読んで感激したと言っていた。少し気持ちが晴れたようだった。
山本周五郎の「赤ひげ診療譚(しんりょうたん)。連作短編時代小説集。」も面白い。これは多くの人が知っている作品である。多くの患者を診るために現場に向かう途中、一人の病人に出会う。赤ひげはその人を助けようとするが、同行の弟子から「こんなところで時間を費やせば、多くの患者を救えなくなるので、早くい行きましょう。」と言う。赤ひげは、「目の前にいる病人を見捨てていくことできない。」と突っぱねる。目の前の病人と先にいる多くの患者のどちらを取るのか、難しい選択である。正解はないが、赤ひげは躊躇せず目の前の病人を選択する。人間の人情を鋭く捕らえた作品である。その他の作品としては、「釣忍」も印象に残っている。
この様な小説から何を皆さんに伝えますかと記者から尋ねられたが、よく考えるとそんなことではなく、読み終わったときの余韻、爽快感であるのではないかと答えた。