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卒業生代表挨拶

企業情報学部  栗田 雄樹

  新しく設立された企業情報学部の1期生として夢と希望、そして不安でいっぱいだったことを思い出します。目の前に道がないからこそ、自分たちの手で創っていくんだとがむしゃらだったあの頃。何をやるのにも初めての試みで判断と挑戦と迷いの連続でした。「オープンキャンパスの企画、運営から始まり、オリエンテーション合宿の企画」など「常に相手目線」でイベントやコミュニケーションに取り組むことを基本の姿勢として掲げて活動してきました。学食で他愛もない話で盛り上がったり、朝が来るまで将来のことについて熱く語ったり…たくさん悩んでたくさん笑って、たくさん飲んで、たくさんのことと向き合いました。

  不器用な私は、自分の想いをうまく伝えられなくて感情的になってしまうこともよくありました。そんなとき真剣に話を聴いてくれてうなずいてくれる人がいて、少し重い雰囲気を笑いに変えてくれるお調子者がいて、仕事が早くて頼りになる人がいて、「こうなんじゃないの?」となだめてくれる人がいて…この4年間で私は大切な、大切な仲間を見つけることができました。人を非難したり、悪いところを見つけたりするのはとても簡単なことですが、その人の良い部分や信頼できる部分を引き出しあえて、互いに高め合える環境、それこそが本当の居場所なんだと気付かされました。

  「人の運命は決まっているものだ」とある人が言っていました。私は「運命は自分で作っていくんだ」と信じていたのでそれは違うんじゃないかと思っていました。ただ色々な生き方がある中で長野大学という場所でこうして私たちが出会い、共に過ごしてきた時間や思い出、培ってきたものを考えると運命だったんじゃないかと思えてなりません。

  卒業を迎えてそれぞれの道に旅立っていきますが、たとえどんなに遠く離れていても、どんなに時がたっても、この今を「あの頃」と呼ぶようになっても、私たちの足元はしっかりと長野大学に位置づいています。
今を生きることに精いっぱいだった私たち。目まぐるしく変わっていく毎日の中だからこそ「今まで」よりももっと「今」を、この瞬間を大切に生きていきたいとそう思っています。

  私は、もう一度大学に入るとしても長野大学を選びます。長野大学という舞台から社会に飛び立って行けて、本当に良かったと思っています。
この4年間、たくさんの人たちに支えられて今日を迎えられたことを、心の底から、本当に、本当に感謝いたします。

企業情報学部  渡邉 幸恵

  月日が経つのは早いもので、期待と不安で迎えた入学式から、もう4年が経ちました。
  高校を中退している私にとって大学は、学生生活の再チャレンジの機会であり、入学当初はただとにかく卒業することだけが目標でした。しかし、この4年間を振り返ってみると、常に新しい目標を見つけ、何かに夢中になっている自分がいました。
  中でも、4年間、熱心に取り組んできたのは、森俊也教授のゼミの活動です。

  森ゼミでは、経営を専門に学び、企業が革新するための論理を組み立て、それを基に、身近な企業の課題解決策となる、新たなコンセプトや、商品、サービスを考案してきました。4年生のときには、読売ジャイアンツの今後のビジネスモデルを企画する「ベースボールビジネスアワード」にも挑戦しました。

  しかし、こうした課題に取り組む上で、今までにない新しいものを生み出すということはとても難しく、何度も何度も議論を交わし、議論が深夜に及ぶことも多々ありました。ときには行き詰まり、投げ出したくなったこともありましたが、一生懸命取り組めたのも、真剣に向き合える仲間や、「ゼミ生の君たちならできる」と期待してくださった森先生がいたからです。 
 
  このゼミの活動を通じて、「あきらめない粘り強さ」と、自分たちで何かを生み出したときの「大きな達成感」を得ることができました。そして何より、尊敬できる森先生に出会ったこと、一生の仲間・友人ができたことが1番の喜びです。

  森先生は、ゼミの時間以外に議論をしているときも、私たちの様子を見に来てくださり、深夜にも関わらず駆けつけ、アドバイスしてくださるなど、常に私たちを大切に考えてくださいました。また、ゼミ以外でも、就職活動で、落ち込んでいた私に「目標を持って、それに向かっていくことができるのが渡邉の良いいところだから、自信をもちなさい」と、おっしゃった言葉が今でも励みになっています。私たち一人ひとりの成長をしっかりと見ていてくださった森先生には心から感謝しています。
 
  そして、共に悩み、笑い、協力して課題を乗り越えてきたゼミの仲間は、ゼミの枠を超えて、一生の友人にもなりました。よく飲み会を開いては朝まではしゃいで馬鹿をしたり、夜通しファミレスでおしゃべりしたり、お互いの悩みを打ち明け、励まし合ったりと、皆といるだけで自然と元気をもらっていました。
 
  また、ゼミ以外にも、会う度に笑わせてくれる友人や、どんな相談にも乗ってくれる友人など、素敵な友人ができました。いつだったか、「長野大学に入って本当に良かった」と語りあったことがありました。その気持ちは今でも変わりません。そう思えるのも、本音で付き合える友達がたくさんできたからです。
 
  小・中・高・大学と、長い学生生活の中で、尊敬できる教授に出会い、かけがえのないたくさんの友人に恵まれた、この4年間が、1番特別なものになりました。高校中退で、両親にはとても心配をかけた私ですが、今こうして卒業できる姿を見せることができ、本当に嬉しく、同時に感謝の気持ちでいっぱいです。

社会福祉学部  五十嵐 南

  長野大学に入学して早4年が経ちました。期待と不安を抱え地元を離れ、福祉が学びたいという漠然とした考えで長野に来たことを懐かしく思います。
  私は高校までの10年間、バスケットボールをしていました。大学ではバスケは続けないだろうと決めつけていましたが、自然と足が体育館に向いたことを今でも覚えています。結局バスケがない生活は考えられませんでした。
  女子バスケ部で過ごした4年間は様々な思い出があります。1、2年次は少人数で楽しく練習し、休みの日には皆で遊んだり、食事に行ったりと大学生らしい生活を送っていました。

  2年次、突然来年から長野経済短期大学の佐土先生が監督として赴任することを聞かされ、期待と不安が募りました。
「バイトと学業、両立ができるか」「鬼監督だったらどうしよう?」「新しく入部する仲間とは上手くやっていけるのか?」「練習はついていけるのか?」「私達の居場所はあるのか?」「辞めざるを得ない状況になってしまうのでは・・・」と悩む日々でした。
  しかし、初顔合わせのとき先生は「元々長野大学に居る連中も一緒に続けないか」と言って下さいました。その言葉がとても嬉しかった。そしてこのままバスケを続けようと決心しました。

  3年次、部活も大きく変わりましたが、学業面でも変化がありました。一度は諦めた教職の道を社会福祉士取得と並行して行うことに決めました。
目標を立てることは簡単でしたが、現実はそう甘くないことを思い知らされました。
  3年次は教職の科目が増え、平日は1限から6限まで講義、練習は夕方6時から10時まで。
  休日も練習。最初の頃は練習についていくことで精一杯、想像を絶する日々でした。
  ベッドから起き上がれない毎日、でも日を追うごとに進化していく自分の身体に驚くばかりでした。
  睡眠時もバスケの夢を見る、寝ても起きてもバスケの毎日、急激な環境の変化で肉体はボロボロでした。
  活動を共にする編入生や新入生とのレベルの差、自分はこのチームに居る価値はあるのか疑問を持ち、アパートで大泣きしたこともありました。
  試合で勝っても、心から喜べない自分に不快感を覚えたのも事実です。徐々にコミュニケーションもとれ、信頼感が増すなかで、仲間のバスケに対する姿勢は、私のモチベーションに大きな影響を与え、辛い練習も楽しいと感じるようになりました。

  4年になり、部員も一層増え大会を経ていくごとにチーム力が上がっていく事を実感しました。
  10月の北信越インカレ予選、富山大学を破り、2回戦1度も勝ったことのない信州大学とのブロック決勝!私は緊張で震えていました。試合は得点しても取り返されるシーソーゲーム、両チームとも集中した素晴らしい試合でした。最後は同点からフリースローを貰い、2点差で逆転勝利しました。
タイムアップの瞬間、極度の緊張から解放され、仲間と抱き合い、声を上げ、大泣きしながら勝利を分かち合いました。
何よりも勝ったことのない相手からつかみ取った勝利は、何物にも変えられない嬉しさでした。決勝リーグには進出したものの、わずかの差でインカレ出場は果たせませんでしたが、あの素晴らしい緊張感を味わえたことは、私にとっての宝物です。
 
  引退後は目標であった社会福祉士の受験勉強に力を入れ、資格を取得できました。根気強く努力すれば必ず報われることの証だと思います。スポーツから学んだことを活かし、これから自分の道を進んでいきたいです。

環境ツーリズム学部  望月 恵

  長いようで短かった4年間の学生生活も今日で終わろうとしています。
  長野大学に入学し、私は多くの貴重な経験をすることができました。入学当初は環境ツーリズム学部の第1期生として不安な部分もありましたが、新しいことに挑戦できるという期待もありました。新学部として何か形のあるものを残したいと、2年次から唐沢さんを中心に学部の有志で「campus 畑 project」というサークルを立ち上げました。国際交流センター付近の花壇や空きスペースを利用して、旬の野菜を無農薬で栽培しました。なかには不作に終わってしまった野菜もありましたが、ほとんどの野菜は無事に収穫することができました。この活動の中で1番印象に残っているのは、学食の方の協力を得て、収穫した野菜を自分たちで調理し、昼食時に学生のみなさんや職員のみなさんに提供したことです。多くの方から「おいしい」と言う声を聞けて本当に嬉しかったです。「食」への安全性が問われる今日ですが、私はこの活動を通して、消費者と私たちがお互いに顔の見える関係の中で食を提供する事の責任の重さ・面白さ・やりがいを感じることができました。また仲間と力と合わせることで大きな目標を達成で来る喜びも実感できました。正直、私はあまり活動に参加できなかったのですが、顔を出した時などいつも温かく迎えてくれたサークルのメンバーには本当に感謝しています。ありがとう。
 
  学業においては、地元である飯山市役所でインターンシップ実習を行ったことが印象に残っています。実際に現場で働いたことで、自分の将来を真剣に考えるきっかけとなりました。また自分もこのような現場で活躍したいと決意することができ、公務員試験に向けての勉強を開始しました。しかし不安と焦りから何回か公務員を諦めようと思ったこともありました。しかしそんな時支えてくれたのは友達の存在でした。みんなの励ましがあったからまた「勉強を頑張ろう」という気持ちになれました。無事公務員試験に合格できたのも支えてくれたみんなのおかげです。

  また先日、栄村で大きな地震があり、今も多くの人が避難所で生活をしています。私の兄も栄村で働いているのでとても心配しています。私にできることはとても小さいかもしれませんが、1日も早く復興できるよう手助けができたらいいと思っています。

社会福祉学部  槙 大輔

  就職氷河期における私の就職活動は、計5社から内定を頂いて終了しました。私は今年の4月から、ヤマト運輸の総合職として新しい一歩を踏み出します。

  私は大学4年間で学んだことを活かして、「自分にできる最大限の貢献をする」というテーマでこれからの人生を歩もうと考えています。このように考えた理由を2つの経験から説明します。

  1つ目は、世界中を旅したことです。就職活動を終えた後、中国、ヨーロッパ、アメリカを回りました。日本だけが世界の全てだった私には、視野の広がる本当に良い経験でした。全部で5ヵ国を回りましたが、旅先で困った時はいつも現地の方に聞きました。その中で計100人以上の方々と接しましたが、誰一人断らず、解決策を一緒に考えてくれました。中でも一番嬉しかったのは、アメリカで町を歩きながらバス停を探していた時のことです。通行人の方に何度も尋ねながらバス停を探していたのですが、一向に見つかりませんでした。その時、車が路肩に停車し、運転手が「バス停まで連れていくから乗りなさい」と声をかけてきたのです。運転手を見ると、先ほど道を尋ねた方で、心配して車で来てくれました。その結果、無事にバス停に着くことができました。この経験は私の人生に大きな影響を与えました。これ以来、自分自身にできる最大限の貢献をする、と心に誓いました。

  2つ目は、私が4年生として、就職活動の3年生の指導をしたことです。就職活動は、学生生活の価値を説明するため、経験したこと、学んだことを伝える場です。長野大学は、就職活動で、成果を発揮できる大学であり、就職名門大学になると、私は信じています。去年の就職活動終了後、私を成長させてくれた長野大学に何か貢献したいと思うようになりました。そこで、自分に何ができるか考えた結果、自分の就職活動経験を3年生に伝えることにしました。経験談、面接指導、ビジネスマナー、全てを伝えました。中でも、熱心な学生10数名とは深く関わりました。週に3回、1限の時間に集まり、就職指導をしました。さらに、静岡県に研修に行き、静岡の大学学生とも交流も行いました。これらの経験から、自分にできることをすることで、自然と人の輪が広がることを実感できました。東京で、共に就職活動を行なった仲間たち、就職活動を指導してくださったキャリアサポートセンターの方々、全てが私の長野大学出会えた全ての方々が、宝です。
貢献を続けることは、非常に得るものが多いと学びました。現在、日本は大きな災害に悩まされています。地震が起きた際、私は新幹線に乗っていました。緊急停車した新幹線に閉じ込められてしまいました。家に帰ることが出来たのは、それから30時間後でした。ここでも、私は不安な気持ちは皆一緒だと考え、車内の周りの方々に話しかけました。見ず知らずの方々でしたが、不安な気持ちを打ち明け合う中で仲良くなり、これからも付き合いが続く仲になりました。どんなときも、「自分に出来る最大限の貢献をする」という考えで、行動し続けたいと思います。

環境ツーリズム学部  倉沢 一晃

  長野大学に入学してからもう4年が経ち、今日で4年間の大学生活が終わろうとしています。入学した頃は、新設された環境ツーリズム学部の1期生という事もあり、期待と不安で一杯だった事を今でもよく覚えています。

  私は、日々の大学生活を過ごす中で、なかなか自分が「やりたい事」を見つける事ができずにいました。そこで、農業に関心があった私は、2年次から上田の伝統野菜である「山口大根」など、「地域資源を活用した地域づくり」を研究している古田睦美准教授のゼミナールに所属しました。

  私は古田ゼミで、上田の地大根である「山口大根」「うえだみどり大根」の保全・普及活動に興味を持ち、活動をする中で、若い世代の人たちが地大根の食べ方を知らないという現状を知りました。そこで、料理が得意だった先輩と共に地大根の食べ方を伝え、料理を通じた普及活動に取り組み、地大根の生産者や飲食店、「NPO食と農のまちづくりネットワーク」や別所温泉の旅館の板前さんなど、地域の多くの方々の参加を得て「地大根料理イベント」を数回開催しました。

  活動の集大成として出品された地大根料理をまとめ、上田市の「わがまち魅力アップ応援事業」の助成を得てレシピ集を作成し、上田市へ寄贈して、市民の方々に配布していただきました。四年次には、この地大根料理イベントとレシピ集作成の普及活動が、農林水産省の「食と地域の『絆』づくり」優良事例に選定され、ゼミ長として農林水産省で行われた意見交換会と、内閣総理大臣官邸で行われた選定証授与式への参加という、とても貴重な経験をさせていただきました。

  また、3年次からは、出身地である別所温泉で地域活性化を目的とした「別所温泉魅力創生協議会」が立ち上がった事を知り、その中の「地産地消委員会」に所属して実際に地域の方々と一緒に活動をしています。協議会から受託した別所温泉の地産地消調査ではリーダーを努め、ゼミの仲間と共に直売所の実態調査などを行いました。この調査結果は報告書にまとめ、別所温泉で開催された「千曲川流域学会」で地域の方々に報告させていただきました。
 
  地域に密着した課題を実践的に研究する事で、実際に自分達が研究した成果が地域社会に浸透し、活用されているという喜びを感じながら学ぶ事ができました。また、様々な人と出会い、繋がりを持つ事ができました。その中で実践力や適応力など、社会で必要な力も身に付いたと感じています。

  卒業を迎えるにあたり、もう少し色々な事に挑戦したかったという思いもありますが、これからは、大学生活の中で得る事ができた様々な人との繋がりや貴重な経験を活かし、社会に出て頑張っていきたいです。