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平成25年度卒業式 卒業生代表挨拶(卒業生のことば)

企業情報学部 フローレス シバ ヒメナ ハルミ

 入学してから早くも4年がたちました。
 入学してきた当初、私がこの場に立つなど夢にも思っていませんでした。元々私は大勢の前に立って話す事がとても苦手でした。それがこの4年間で大きく変わりました。それは、多くの方に様々な挑戦をしてみないかと誘われ、あれもこれもと手がけている内に、又更に沢山の方々出会い、良い刺激を受けることが出来たおかげです。この場で語り尽くすことが出来ない程、沢山の経験をさせて頂きました。企業情報学部の先生方のみならず、他学部の先生方からも沢山の新たなことへ挑戦する機会をいただきました。学びと活躍の場を与えてくださったことを、この場をお借りして厚くお礼を申し上げます。
 在学中に思い出深く心に刻まれたことがあります。2年生の時に、忘れもしない東日本大震災がありました。この影響で母国から日本退去の指示があったために半年間休学することになりました。半年後に、周りの人々の援助のおかげで、また、長野大学に戻ってくることができました。本当に沢山の方々に助けていただきました。その当時はもう大学を卒業することは難しいと考えておりましたが、こうして入学した時と同じメンバーで一緒に卒業できとても嬉しく思っております。
 先程申し上げました様に、私は一時期卒業することは難しいと卒業を半ばあきらめておりました。しかし、「少し厳しいスケジュールになるが、履修する科目と時間割を工夫すれば、当初の予定どおり4年間で卒業出来る」というお話をいただいて、厳しい面はありましたが4年間で卒業できるよう全力で取り組む決意をし、今日を迎えることができました。
 また私は在学中、1年の頃から続けていたことが二つありました。それは、教職課程とノートテイクです。2つのことを続ける事は、厳しいものになると承知しつつも、最後までやり遂げることが出来ました。
 日本に戻った2年の後期は、生活環境の変化に慣れることに時間がかかり、まわりの皆さまから沢山助けていただきました。あの時、皆様のサポートがあったからこそめげずに学生生活を送ることが出来ました。
 4年生に上がると講義も一段と難しくなっていきました。教職課程の講義は多くの分野を扱うため本当に大変でした。特に大学に入ってから初めて触れたプログラミング、情報システム関連の講義は文系の私にとってはとても難しく、理解することが出来るまで1番時間がかかりました。試験が近づくと半泣きになりながら、先生や友人の所へ行き解らないところを教えてもらうなど、大学内を駆け回る日々でした。この場で1つ1つお礼を申し上げることはかないませんが、今私がこの場にいられることは長野大学の教職員の皆様そして、後輩、友人、家族にサポートしていただいたからこそです。私1人の力だけではとても出来ませんでした。この場をお借りして、深い感謝を申し上げます。今後は大学で培ってきた、知識、コミュニケーション力、あきらめずにやり遂げる力で社会に貢献できるよう努めたていく所存です。
 4年間本当にありがとうございました。

環境ツーリズム学部 三枝 正治

 今日で、4年間にわたる長野大学での大学生活に終止符を打とうとしています。その4年間を振り返ってまず思い出されるのは、高校まで聾学校という環境で学び、健聴者との関わりが少なかった私にとって、まわりの健聴者とうまくコミュニケーションが取れるのか、という緊張と不安に駆られていたことです。実際、ゼミやサークルでは、健聴者とのコミュニケーションにとても苦労しました。しかし、その一方で、多くの健聴者との触れあいがとても新鮮だったことも覚えています。
 私は、環境ツーリズム学部で、主に観光やまちづくりについて学んできました。それを活かし、卒業論文では、バリアフリー観光のまちづくりについて取り上げました。障がい者や高齢者にやさしい観光まちづくりをモットーに、上田市内を実際に歩いたり、行政機関や旅館、NPO団体などに赴き、ヒアリング調査を行ったりもしました。始めは、論文をうまく書き上げられるかどうか、不安でいっぱいでしたが、先生からのアドバイスをもとに、初めて論文を書き上げることができ、今となっては良い思い出です。そして次に思い出されるのは、課外活動です。私は、入学してすぐ手話サークルに入部し、手話を通して健聴者の仲間と交流をしてきました。最初は、上手く話すことができませんでしたが、先輩方が手話で優しくゆっくり話しかけてくれたときはとても嬉しく感じました。また、ノートテイクサークルにも入部しました。私は手話サークル主催の講演会のスタッフや聴覚に障がいのある高齢者のミニデイサービスのボランティアなど、様々なことに取り組んできました。ボランティアでは、他大学の学生とゲームを一緒に企画して、利用者さんと楽しく交流したりしました。手話と指文字を一生懸命覚えて会話しようと努力する友人、講義で少しでも分かりやすく要約できるよう、ノートテイクの練習に励んでいる後輩の姿などを間近で見て、コミュニケーションの大切さなど、様々なことを学ばせていただきました。
 懸命に努力してくれる人たちの存在や支えがあって、今日まで来られたのだと、私は感じます。先輩や友人、後輩、そして障がい学生支援に携わった地域の方々、学生支援課の皆さん、そして障がい学生支援室の先生方、またゼミや卒業論文で大変お世話になりました環境ツーリズム学部の久保木先生など、教職員の方々にはただただ、頭が下がる思いです。色々なことを学び、そして支えられ、私は本当に幸せだったと思います。この長野大学で経験し、学んだ様々なことを、これからの社会人として生きていくなかで活かしていきたいと思います。特にまわりの人たちに、手話とノートテイクなどの情報保障の大切さをできるだけ、多くの人に伝えていきたいと思います。
 最後になりますが、私に色々なことを教えていただき、本当にありがとうございました。

環境ツーリズム学部 田邊 真梨恵

 長野大学に入学して、あっという間に4年という月日が経ち、長いと感じた学生生活も今日でいよいよ終わろうとしています。
 入学当初は慣れない環境に戸惑いながらも、新しい勉強や新しい友人たちとの出会いに日々を満喫していました。そんな生活にも慣れてきたころ、学部の先生から「オープンキャンパスのスタッフをやってみないか」と声が掛かり、乗り気だった友人に引っ張られるようにしてこの活動に参加することになりました。元々とても人見知りで、大勢の参加者や学生、教職員が集まる場に馴染めず、また受験に悩む高校生に、大学の良さをきちんと伝えることが出来るのか不安になり、嫌になったら辞めてしまおうと初めの頃は考えていました。しかしこの活動こそが、私の物事を考える価値観や性格も変化させ、そして何よりも大切な友人達との繋がりを作ってくれたのです。
 最初は少し嫌々で始めた活動にそれでも頑張って続けてみようと取り組むうち、いつの間にか自分の中で火が付き、気がつくと最初の頃より積極的に取り組むようになっていました。そして学年が上がっていくにつれ責任のある仕事を任せられることも増え、気がつくと学部内のリーダー役を務めるようになっていました。それからは「こんな自分が皆をまとめられるのか。他学部のリーダーやスタッフに迷惑をかけていないか。どうしたらもっと良くできるのか」とことある毎に悩み、上手く出来ない自分に苛立ちました。そんな時にいつも話を聞いて支えてくれたのが周りの友人達でした。真剣に話を聞いて励まし、時には叱ってくれる人。明るい笑顔で「大丈夫だ」と慰めてくれる人。同じ学部・学年だけでなく、他学部の学生、先輩、後輩、職員の方々。気がつくと私を支えてくれて一緒に頑張る人達が周りに沢山いました。
 辛さも苦しさも、嬉しさも楽しさも、多くの事を経験できたこの活動の中で、自分が感じた思いを共有できるかけがえのない友人を、私は見つけることが出来ました。また、これまでの日々を思い返すと本当に沢山の思い出が蘇り、それだけこの4年間がとても充実したものだったと感じています。学校やアパートで皆と記憶に残っていない位くだらない出来事を話して笑いあったり、狭い車に詰め合って遠出したり、時には人と衝突して苦悩したこともありました。けれど、どんなことも長野大学で大切な人たちと過ごした、大切な日々の思い出です。そしてそんな日々を作ってくれたのは、全て周りにいる友人、教職員の方々、そして家族のおかげです。本当に心から感謝しています。これから社会人として辛く苦しいことにあったとしても、この四年間で得た経験を思い出し、少しずつでも前進していきたいと思います。
 最後に私たちをこれまで育んできてくれたこの長野大学に、心からお礼を言いたいと思います。本当にありがとうございました。

社会福祉学部 小坂 峻

 大学生活では忘れられない経験と出会いに恵まれて4年間を過ごすことができました。
特に教職課程、社会福祉士課程での学びは私の一生の宝となっています。四年前、私は将来児童に関わる仕事に就きたいと思い長野大学に入学しました。当時の私は卒業後の進路について悩んでいました。そんな私を教師の道へ導いてくれたのは教職課程の先生方や教育実習で出会った生徒達でした。
 教職課程の中でも早坂先生の最初の授業を受けた時の衝撃と感動を鮮明に覚えています。その最初の授業はアリエスの子どもの誕生についてでした。あの1回の授業で私の人生は変わりました。あの授業が私の中にある好奇心という扉を解き放ち、扉の中にある素晴らしい世界に早坂先生が導いてくださいました。それ以降先生の授業を受ける前にはワクワクし、授業中も先生の言葉1つ1つが心に響きました。教えるとは何か、学ぶとは何か、問いかけられていた気がします。学ぶ喜びと人生の素晴らしさを先生から教わりました。
 4年次には、2週間にわたり高校で教育実習を行いました。教育実習では、生徒から多くのことを学び、今後の私の人生を決定付ける経験となりました。授業の進め方や生徒との接し方が私のとった方法でよかったのか悩んでいました。生徒の興味をひきつける工夫ができなかったのか、注意の仕方はあの言い方でよかったのかと考え続けました。そんな私に向けられた生徒のキラキラした笑顔が今でも忘れられません。「先生頑張って、先生の授業分かりやすかったよ」といってくれた生徒にどれだけ救われ、支えられていたか分かりません。生徒が将来の夢や目標を語ってくれた言葉が今も胸に響いています。
 今年度で退職される神尾先生には、その優しさに常に癒されました。神尾先生と一緒にいると先生のお人柄が多くの学生に慕われる理由が分かります。教職課程の先生は私が目標としたい先生ばかりで、そんな先生方の指導を受けることができ幸せでした。 
 また、社会福祉士の国家試験や福祉施設での実習では実習指導の先生に様々なアドバイスや指導を受けることができ、無事に乗り越えることができました。萱津先生には、実習の事前指導及び事後指導まで、親身になって相談にのっていただきました。学内であったときには進路のことや国家試験の勉強の状況などを気にかけてくださいました。そんな気配りがとてもありがたかったです。端田先生には国家試験の勉強法から模試での解説、過去問の分析などでお世話になりました。
 3年次で行った施設実習でのクラスにも恵まれました。事前の打ち合わせや実習報告会では、クラスのメンバーに協力してもらい、運営や企画をスムーズに行うことができました。その中でクラスのメンバーに強く言いすぎてしまい、迷惑をかけてしまい申し訳なく思っています。
 たくさんの出会いに恵まれた学生生活を送ることができた長野大学に来てよかったと心から思います。私を支え続けてくれた先生、大学の職員、先輩、後輩、友人そして両親、家族に心から感謝の言葉を伝えたいです。
 ありがとうございました。

社会福祉学部 曽田 美穂

 長野大学に入学して、早くも4年が経とうとしています。そう感じるのは、毎日いろいろな気持ちが凝縮された時間を過ごすことが出来たからだと思います。
 私は福祉への関心と、幼いころから続けていたバレーボールを大学でも続けたいという気持ちで、両方に取り組むことができる長野大学に入学しました。長野大学はバレーボール部を強化指定部としており、私より上手でパワーがある仲間達とプレーをする状況でした。高校までとは違いコートに立つことが少なく、どうすればチームに貢献でき、どこに私の居場所があるのか分からなく、『努力しても報われない』『私はチームの足を引っ張るだけ』と下ばかり見ていました。そんな私に切り替えるきっかけをくれたのは「今、バレーが楽しい?」という先輩からの言葉でした。私は立場が変わったことでバレーボールを楽しむことを忘れていました。点を取るたびみんなとハイタッチをして喜んだり、出来ないプレーが練習を重ねることで出来るようになっていく達成感が好きで、バレーボールを続けたいと思い入学したときの気持ちです。レギュラーではなくてもチームに必要な存在があることに気が付くと、私らしいバレーボールをしようと思うようになれました。それからは日々の練習も中身が違うものとなり、仲間とボールを落とさないように声をかけ合いながらコートを走り回る時間や出来ないプレーを出来るよう考え努力する時間の中に楽しさを見つけることが出来るようになりました。バレーボールに対し前向きに取り組めるようになったのは、私を支えてくれた家族であり、仲間であり、先生でした。それからは次第に下手ながらも仲間や先生から信頼される存在になれたと思います。
 また、このどのような時でも楽しむという考え方は社会福祉士国家試験の勉強でも活かすことが出来ました。国家試験の勉強はこれまでにないくらい勉強に集中した時間でもありました。朝九時から夜十時過ぎまで机に向かい、クリスマスやお正月を返上して学校で勉強したことは、一生忘れない経験です。意欲的に取り組むことができたのは、毎日友達と顔を合わせて勉強する時間が楽しかったからだと思います。「後悔しないくらい頑張りたい」という気持ちで集まった友達との勉強は、私にとって励みとなり休憩時間は癒しの時間でもありました。また、成績が伸びなく悩んでいたときは先生に的確なアドバイスやフォローで支えてもらいました。勉強が苦手な私にとって国家試験という壁はとても一人では乗り越えることが出来ない壁でした。友達や先生の支えがあったから、日々楽しく後悔せず試験に挑むことが出来たと思います。
 私の4年間は強化指定部としてのバレーボールを基盤とし、社会福祉士国家試験勉強など様々な経験と出会いを通し、たくさんのことを感じ考え学び人として大きく成長できた4年間でした。私を支えてくれた家族や友人、先生や職員の人たちに感謝し、これからもどんな場面でも楽しむこと忘れず充実した人生を送っていきたいと思います。
 ありがとうございました。

企業情報学部 下平 健太

 今、雪解けを迎え、春を喜ぶ世間とは裏腹に、解けゆく積雪を残りの学生生活と重ね、確かな寂しさを感じる自分が居ます。
 長野大学へ入学したのは、あるゼミナールを受講するためでした。幸運にも2年生から希望のゼミナールへ入ることが出来、初日の挨拶で「目標にしている先輩が居ます。その先輩を越えるために来ました」と、生意気に宣言した私を、暖かく迎え入れてくれた日のことに「このゼミナールに入れて良かった」と感じていました。その日から今日まで、多くの先輩と、後輩と、同級生と、何より担当の先生に恵まれ、1日でさえもかけがえのない日々となりました。
 中でも3年生の頃。初めて後輩を持ち、ゼミナール長として本格的に活動が始まった時のことは、今でもよく覚えています。毎日が、挑戦と反省の繰り返しでした。どうすれば、皆が楽しめるゼミナールになるのか。後輩から見た私は、目標にしている先輩のように見えているのか。空回りすることの連続だったように思います。挑戦すればするほど、自分が頼りなく思えてきて、何度も逃げ出してしまおうかと思いました。
 けれど、そんな時に傍にいてくれたのが、他でもない同級生の仲間達でした。そして、森先生でした。いつも真面目で頼りになる、責任感に溢れた報告大会長。いつも冷静で、けれど賭け事が大好きで、多くの苦労を共に分かち合った人。アパートで机を囲み、気が付けば朝まで語り合っていた友達。挫けそうなときには必ず話を聞いてくれました。森先生には、研究室で愚痴をこぼした時もありました。生意気に歯向かった時もありました。どんな時でも「やりたいようにやってみいや」と、機会と後押しを頂きました。
 そうして周りに助けられながらなんとか一年間を終えることが出来た頃、1人の後輩が、何気なく「このゼミナールに来て良かった」と言ってくれた瞬間は、きっと忘れられません。やっと目標の先輩に追いつく事が出来たと、そんな気がしました。その瞬間を迎えることが出来たのも、全て周りで支えてくれた皆があってこそだと思います。こうしている今も、感謝の気持ちが絶えません。そして今日、長野大学の学生として、また、社会人となる1人の人間として、強く思うことがあります。それは、長野大学との関わりはこれで終わりではないということです。この卒業式をもって長野大学の学生ではなくなりますが、しかしその後は、長野大学の卒業生という立場を、いつまでも変わることなく背負っていきます。そのことを決して忘れずに、誇りとして社会人になっていきたいと思います。そしていつの日か長野大学が誇りに思ってくれるような卒業生となることで大学へ恩を返していきたい、それが大学から頂いたこれからの私の目標です。
 4年間面倒を見て下さった教職員の皆様、そして、共に過ごしてくれた仲間達に心から感謝しています。本当に、ありがとうございました。


 最後になりますが、私たち6人を含めた卒業生全員は、長野大学の学生として本日ここにあるのも、ひとえに諸先生方や職員の皆様のお力添え、陰ながら支えて下さった地域の皆様、そして家族のおかげであると思っております。
 くりかえしになりますが、皆様方に卒業生一同、厚くお礼申し上げます。
 私たち卒業生一同は、長野大学で学び得たことを誇りに思います。
 後輩の皆様と長野大学の一層の発展をお祈り申し上げ、卒業生代表の言葉とさせていただきます。
 本日は誠にありがとうございました。